東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)138号 判決
一 特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲の記載及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決に原告主張の取り消すべき事由があるかどうかについて判断する。
成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許願書、明細書及び図面)及び甲第三号証ないし第五号証(各手続補正書)によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明の目的として、「本発明の第一の目的は、上記装置においては呼出信号を受信して通話状態になつたときから働くCR回路によつて本実施例では一秒後に応答テープが走行して再生状態になる。このように通話状態になつてから応答テープが再生するまでの時間帯(第一時間帯)と応答テープが再生状態になつた以後の時間帯(第二時間帯)との二つの時間帯に分割する。発呼者(この場合は所有者)は電話回線を介して上述のように二つの時間帯をテープの再生音により判別することができるので、本実施例では上記の第二時間帯で遠隔制御信号を送信すると、従来の装置のように、顧客からの伝言信号が録音されている受信テープは巻戻し状態になり、このあとで回路構成によつて異るが遠隔操作により、または自動的に正常送りに切換わり伝言信号が再生される。三分間経過したところで三分間タイマー、遠隔操作(図面ではこれによる)、その他の方法で受信テープを停止させると共に装置を待機状態に復旧させることにより一旦通話状態を絶つ。その後、呼出信号により再度通話状態にし、速やかに遠隔制御信号を送信すると前記の第一時間帯に当り、今回は受信テープが正常送りになるような回路構成になつているために前回に継続して伝言信号を聴取できるのである。」「本発明の第二の目的は、上述のように受信テープの聴取中に聞きもらしたりした箇所があつた場合に、前述のように遠隔制御信号を送信する時間帯を二つに分割することにより簡単な回路を附加するのみで容易に上記の聞きもらした箇所を巻戻してから再聴取できるようにしたものである。」(甲第二号証第四頁第五行ないし第五頁第八行並びに第五頁第一二行ないし第一七行)旨の記載があり、このほかには発明の目的に関する記載はなく、本願発明が専ら本件審決摘示の(イ)及び(ロ)の目的を達成しようとするものであることが認められる(なお叙上事実中、右(イ)及び(ロ)の目的が本願発明の明細書の詳細な説明の項に発明の目的として記載されていることについては、当事者間に争いがない。)。
そして、前掲甲号各証によれば、右発明の目的(イ)及び(ロ)を達成するための構成として、本願発明の明細書の発明の詳細な説明及び図面には、(1)呼出信号を受けて装置が通話状態になつたときから、適当な遅延手段(時定数回路)により一定時間遅れて応答用テープが走行を開始するようになすこと、(2)応答用テープが走行を開始するまでの時間帯(第一時間帯)においては、受信用テープに対する遠隔制御回路は、遠隔制御用信号に応答して受信用テープを再生モードで起動させうる状態に設定されていること、(3)応答用テープが走行を開始した後、その終端近傍まで走行する以前(その終端近傍で受信用テープが録音モードで起動される以前)の時間帯(第二時間帯)においては、遠隔制御回路は、遠隔制御用信号に応答して受信用テープを巻戻しモードで起動させうる状態に設定されていること、を主要な構成要件とした唯一の実施例が記載されていることが認められる。
右によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、少なくとも、右認定の(1)ないし(3)の構成要件を必須のものとして具備したものということができる。
特許法第三六条第五項の規定によれば、明細書の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項を記載しなければならないとされているところ、前記当事者間に争いのない本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載(請求の原因二参照)には、前記(1)ないし(3)の構成要件の記載が欠けていることは明らかである。してみれば、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、前記法条に違反するものというべきであつて、この点に関する本件審決の認定判断は、正当であつて、誤りはない。
原告は、本件審決摘示の本願発明の目的(イ)及び(ロ)は本願発明の目的ではない旨主張して、本件審決を非難するが、前認定のとおり、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の目的として右目的(イ)及び(ロ)が明記されており、明細書の発明の詳細な説明及び図面には右目的(イ)及び(ロ)を達成するための構成が唯一の実施例として示されているのであるから、右目的(イ)及び(ロ)を本願発明の目的ではないとすることはできない。原告の右主張は、理由がない。
次に、原告は、本願発明の明細書の特許請求の範囲に記載された「前記第一受信手段により通話状態になつたときから前記第二受信制御手段が動作する以前に使用者が遠隔操作用信号を送出したときに前記第三受信手段により受信用テープが動作中も、前記応答用テープが無音状態となつて引き続き動作してその終端で停止する制御手段」という構成は、それ自体で格別の目的を達し、その目的に添つた作用効果を奏するものであるとし、応答用テープの頭出しに関する従来技術の欠点と右構成によりその欠点が克服できること、及び本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、前記目的(イ)及び(ロ)以外の他の目的を意図した実施例も記載されていることを挙げ、本件審決が、右構成を前記目的(イ)及び(ロ)を達成するために付随的に必要となる部分的構成にすぎないとしたのは、誤つている旨主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証ないし第五号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、原告が主張する応答用テープの頭出しに関する従来技術の欠点及び前示特許請求の範囲に記載された構成によつてその欠点が克服できる旨の記載は全くなく、ただ、応答用テープの頭出し及びその無音化について、本願発明の明細書の発明の詳細な説明及び図面中に、前記(イ)及び(ロ)の目的を達成するための構成と一体不可分のものとして、部分的な記載はあるものの、右記載をもつてまとまつた技術的思想として開示されているものとは認め難いから、これをもつて、原告の主張するような、前記目的(イ)及び(ロ)以外の「他の目的の達成を意図した実施例」が記載されているとみることはできない。したがつて、原告の右主張は、結局において、採用できない。
原告はまた、本願発明の目的及び作用効果は、たとえ明細書の発明の詳細な説明に記載されていなくても、特許請求の範囲に記載された技術的手段の機能から自明である旨主張するけれども、前認定説示のとおり、原告の主張する本願発明の技術的思想並びにその目的及び作用効果は、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項の記載及び図面からも把握しえないところであり、前示特許請求の範囲の記載自体から自明のものということもできないから、この点の原告の主張も理由がないというべきである。
三 以上説示したとおりであるから、その主張のような違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
呼出信号を受信する第一受信手段と、顧客からの伝言信号を受信し一定時間後装置を復旧させるための第二受信制御手段と、使用者からの遠隔制御用信号を受信した際、受信用テープを再生状態となしうる第三受信手段と、前記第一受信手段により働く応答用テープによる応答手段と、前記第二受信制御手段により受信された顧客からの伝言信号を録音する受信用テープによる録音手段と、前記第一受信手段により通話状態になつたときから前記第二受信制御手段が動作する以前に使用者が遠隔操作用信号を送出したときに前記第三受信手段により受信用テープが動作中も、前記応答用テープが無音状態となつて引き続き動作しその終端で停止する制御手段と、からなる遠隔操作が可能な電話自動応対録音装置